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自重できなかった人の何かの捌け口
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宮川くん(29)、大林くん(31)の続きのような…
お友達からキスまでは済ませた
けどそこで止まってる


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「よう、お疲れ。おめでとう」
コートから出てきたばかりの優勝者に荒谷が声を掛ける。するとその男―宮川は驚いたように一瞬目を見開いた後、形容しがたい微妙な表情で荒谷を見つめた。
「来てたの、荒谷くん……」
「たまたま行ったNTCでお前の話を聞いたんだ。ちょうど予定もなかったし、国内大会はどんなもんかと思ってな」
「……暇人」
「お前、相変わらず可愛くないな?」
着替えに行くという宮川と並んで歩きながら交わす会話は、一年振りくらいだというのに昔と何も変わらない。ムッとした顔でこちらを見ようともしない宮川を気にもせず、荒谷は続けた。
「お前、最近ずいぶん調子がいいって聞いたから楽しみにしてたんだけど、今日は具合でも悪かったのか?」
ファイナルセットまで縺れ込んだ挙句、相手のミスで辛うじて取ったような先程の試合を荒谷は思い返していた。
何の気もなしに軽い口調で荒谷が訊ねたその直後、何故か宮川は足を止めた。何事かと荒谷も立ち止まって振り向いてみれば、宮川が険しい顔で荒谷を睨み付けていた。ちなみに、相変わらずの童顔なので、迫力は微塵もない。荒谷がとりあえず様子を窺っていると、宮川が徐に口を開いた。
「荒谷くん、僕優勝したんだし、ご飯奢ってよ。もちろんアルコール付きね」
「ん?まあいいけど」
特に考えもせず荒谷が答えると、宮川は「じゃあ、色々済ませてくる」と言い残し、足早にクラブハウスへと入って行った。



地元へと戻り、宮川の行き付けだという小料理屋の暖簾を潜る。カウンターの他にテーブル席がいくつかあるだけの小ぢんまりとした店には、まだ宵の口ということもあってか他の客の姿はない。だが、あらかじめ宮川が連絡しておいたのか、店内にはすでに鼻腔と胃袋を刺激する匂いが満ちていた。
宮川は馴染みらしい女将と談笑しながらカウンター席の一番奥に腰掛けた。どうやらそこが宮川の定位置らしい。荒谷が黙ってその隣に座ると、人の良さそうな女将が荒谷に向かって微笑んだ。
「卓也ちゃんがいつもお世話になってます。この子、うちの店にあんまりお友達連れてきてくれないから、いつも心配してたの。これからも仲良くしてあげてね」
言いながら差し出されたおしぼりを受け取っていると、宮川が隣から口を出す。
「その人はご飯奢ってくれるっていうから連れてきただけで、友達でも何でもないから余計なこと言わなくていいの!」
「お前なあ……仮にも先輩に向かってそれはないだろ」
「僕よりちょっと早く産まれたってだけで、荒谷くんは先輩じゃないもん」
「あら、卓也ちゃんの先輩だったの?それじゃあサービスしなきゃね」
「だからー……」
宮川の扱いには手慣れているようで、女将は笑顔で宮川の抗議を受け流しながら、瓶ビールとグラスを置いて調理場へと姿を消した。それから程なく、焼魚の定食が目の前へ運ばれてくる。
実家でもなかなかお目にかからないような丸々とした秋刀魚の丸焼きと、具沢山の豚汁に白米。その他に和え物、漬物、冷奴と、隙間なく皿を並べられた盆を前に、荒谷はふと、実家に良く遊びに来る猫が喜びそうだなどと考える。そんな荒谷を横目に、宮川は既に箸を取っていた。そればかりか「荒谷くん、お腹空いてないなら食べてあげようか」などと言い出す。荒谷はそんな宮川の頭を軽く小突いて、自分も食べ始めた。
競うように白米と豚汁を三杯ずつお代わりして腹を満たし、一息ついているところに冷酒と塩辛がカウンターに置かれる。当然のように猪口に手を伸ばした宮川を眺めながら荒谷はとりあえず茶を啜る。日も落ちて、賑い出した店内はざわめいており、女将も忙しげにあちこち応対している。
そんな中、しばらく黙って徳利を傾けていた宮川が、不意にぼそりと呟いた。
「今日調子悪かったのって、友達からちょっと深刻な相談受けててさあ……」
さっきまでとは打って変わって深刻な様子の宮川に、荒谷もおとなしく話を聞く姿勢になる。
「なんかね、好きな人を家に呼んで映画観てたらいい雰囲気になったから押し倒しちゃったんだって。でも、キスまでしかできなかったらしくて」
「おう」
「それでね、その先には進みたいんだけど、前回中途半端にしちゃったから気まずいし、これからどうしたらいい?って訊かれたんだけど、荒谷くんだったらどう答える?」
「どうって……」
そこで口籠った荒谷の次の言葉を待ちながら、宮川は手にしている猪口をぐいと傾ける。そんな宮川を眺め、荒谷はどう答えたものかと珍しく真剣に考えていた。
いくら荒谷が機微に疎いとはいえ、ここまであからさまだと、さすがに宮川が言っているのが自分の話だということくらいは容易にわかる。それがわかってしまったからこそ、迂闊なことが言えずに荒谷は困り果てていた。
「とりあえず、相手が嫌がってたようだったらもう諦めた方がいいと思うが……」
「嫌がってなかったよ!」
友達の話だと言っていたのはどこのどいつだ、と突っ込みたいのを堪え、荒谷は続ける。
「……それならきちんと謝って、その後にこれからどうしたいのかを伝えればいいんじゃないのか?」
「キスしたいって言うのもいっぱいいっぱいだったのに?!」
「そもそも、そういうことを無理強いするなんて論外だろ。お前から言えないなら、向こうが言ってくるまで我慢しろよ」
「もう何年待ってると思ってるの?!」
そんなの知るか!と叫びたいのを、これまた荒谷は何とか堪えた。昔の自分だったらとうに切れていたかと思うと、宮川は丸尾に感謝するべきだ、なんてことを考える。余計なことを考えたお陰で少し落ち着いた荒谷は、小さく息を吐いてから口を開いた。
「逆に聞きたいんだが、なんでそこまでしておいてキスだけだったんだよ?」
すると宮川は、戸惑ったように視線を揺らし、目を伏せた。
「だって、まだ相手の気持ちをちゃんと聞いてなかったし……」
それを聞いた荒谷は盛大な溜息をつくと、宮川の頭を乱暴に撫で回した。やめてよ!と顔を上げた宮川の頭を掴んだまま睨み付け、荒谷は言う。
「そこで無理ができないくらい相手が大事なら、尚更ちゃんと気持ちを伝えるべきだろ。できないならするな。絶対後悔するぞ」
荒谷の顔を驚いた表情で見つめていた宮川は、そのまま数回目を瞬かせた。それから、感嘆の声を漏らす。
「……荒谷くんて、すごく稀にカッコイイこと言うよね。モテなさそうなのに」
「てめえ……殴るぞ?」
「やだ」
即答した宮川は冷酒の追加を頼み、はにかんだ笑みを浮かべながら猪口の残りを飲み干した。



目が覚めて、知らない部屋にいるなんて何年振りだろう。そんなつまらないことを考えながら、宮川はベッドの上で身体を起こした。
昨夜、荒谷とずいぶん飲んだのは覚えている。お陰で頭は重いが、気持ち悪いという程ではない。元々、酒には強い方だ。
それはともかく、その後のことだ。試合後だったし、今までの経験からして、恐らく店で寝てしまったのだろうということは想像がつく。ということは、今いるのは荒谷の部屋だろうか。
ぼんやりと辺りを見回して考えてみるが、荒谷の部屋にしては小洒落ている気がした。そんなことを口にしたら、また殴ると言われそうだが。
とりあえずこの場所が何処なのかはっきりさせるため、ベッドから降りようとした。そこで、自分が服を着ていないことに気付いたが、下着だけは身に着けていたので、その理由については深く考えなかった。だが、不意に人の気配を感じて振り向いた宮川は、次の瞬間から目まぐるしく頭を働かせ始めた。
ふと目をやった先、宮川の寝ていた場所から少し離れたところに、薄茶の髪が見えた。宮川に背を向けて寝ているため顔はわからないが、それはたぶん、いや、確実に知っている人だ。そしてよくよく考えると、今まで寝ていたこのベッドは宮川の長身でも余裕のあるロングサイズで、ダブル以上の幅がある。更に、今そこに寝ているであろう人は一年程前まで、この家で二人暮らしをしていた。つまり、このベッドのサイズにも納得がいく……と、そこまで考えて、宮川は先程までとは裏腹に、必死に昨日の出来事を思い出そうとした。
少し前に宮川は、自分の家で失態を犯した。それまでは試合の度に連絡をしていたその人に、今回は気まずさの余り何も言わなかった。そして、それを引き摺ったまま出た試合で、散々ながらもなんとか勝った。それを荒谷に見られ、半ば自棄になって荒谷に絡んだ……そこまでの記憶はきちんとあるというのに、何故いま自分は荒谷の家ではなくここに、それも半裸でいるのか。
それ以降の記憶がない以上、それを知る術があるはずもない。どうしていいかわからずに宮川がベッドの上で頭を抱えていると、僅かにベッドが揺れた。
「起きてたのか……早いな」
欠伸をしながら起き上がるその姿を見て、妙な幸福感に包まれている自分を自覚したところで、ようやく宮川は我に返る。
「あの、せんぱい、これ、なんで」
訊きたいことがありすぎて言葉にならない宮川を見て、その『先輩』が吹き出す。
「最近、全然連絡してこないからおかしいと思って、昨日お前の携帯に電話してみたら荒谷が出たから驚いたよ。しかもお前が酔い潰れてどうにもならないって言われるし。そういえば、荒谷が今回は奢ってやるけど、出世払いでいいから絶対に返してもらうって言ってたぞ。お前、昨日どんだけ飲んできたんだ?」
いや、そんなことより、それでなんで僕を家に連れてこようと思ったの?
しかも同じベッドで寝るとかわけわかんないんだけど?
ていうかこの間あんなキスしたのに気にしてないの?
そんな渦巻く感情を唾液と一緒に全部飲み込んで、宮川は一言だけ呟いた。

「せんぱい、キスしていいですか?」
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